朝ドラべっぴんさんの物語!ヒロインや女優・史実のモデルは?

そろそろ「とと姉ちゃん」も終わりが近づき、kodomofuku_girl.png子供服
10月3日から、2016年度後期の朝の連続テレビ小説
「べっぴんさん」が始まります。

日々のブログの更新に追われて、まだ「べっぴんさん」
について調べていませんでしたので、

思いついたが吉日と、早速調べてみました。

スポンサーリンク

◆朝ドラ「べっぴんさん」はどんな物語?

「べっぴんさん」は、大手ベビー服メーカー「ファミリア」
(本社・神戸市)の創業者、坂野惇子さんをモデルに描く
物語です。

暮しの手帖の創業者・大橋鎮子さんをモデルにした前期の
「とと姉ちゃん」と同様に、再び女社長の物語ですね。

「とと姉ちゃん」は関東が舞台でしたが、「べっぴんさん」
は戦後の高度成長期の神戸・大阪を舞台に関西で活躍した女性です。

時代も「とと姉ちゃん」と重なっていますからわかりやすいのでは
ないでしょうか。

ヒロインの坂東すみれが、娘や女性のために心をこめて
“特別な品=別品”の子供服作りに邁進し、家族や仲間とともに
戦前・戦後の混乱期から高度成長期をたくましく生き抜く物語です。

◆坂東すみれを演じる子役・渡邉このみはどんな子?

❖渡邉このみ(わたなべ このみ)の画像

【公式映像】渡邉このみCDデビュー!
「だい・だい・だいすき たい・たい・たいせつ」(出典:YouTube)

動画でじゃまな広告は右上の✗をクリックして消去してご覧下さい。

かわいいですね。歌も上手です。

❖渡邉このみのプロフィール

渡邉このみ (わたなべこのみ)
俳優、子役

渡邉 このみ(わたなべ このみ、2006年7月25日 – )は、
日本の子役女優・タレント。大阪府出身。ワタナベエンター

血液型:A型
身長:128cm 体重:23kg
デビュー年:2011年
デビュー作品八日目の蝉 (映画・成島出監督)
(出典:Wikipedia)

❖渡邉このみのエピソード

●このみちゃんは、2015年前期の朝ドラ「まれ」でも土屋太鳳
が演じたヒロイン・津村希の幼少期を演じた子役でした。

子役の出演時間は短いのでよく覚えていないのは残念です。

●このみちゃんは「まれ」の他にもテレビや映画、CMにも出演。
モデルとしても活躍していて、

映画「八日目の蝉」では最年少の5歳で日本アカデミー賞新人俳優賞
を受賞している名子役なんです。

●大人役の芳根京子さんが、このみちゃんの演技を絶賛していて
「このみちゃんが作ったすみれを崩さないようできればと思った」
と語っています。

●弟の 渡邊一功君も子役です。

「べっぴんさん」ではしっかり見てみようと楽しみです。

Sponsored Link

◆坂東すみれを演じる大人役・芳根京子は?

❖芳根京子(よしね きょうこ)の画像

Newdays のCM (出典:YouTube)

❖芳根京子のプロフィール

芳根 京子(よしね きょうこ、1997年2月28日 – )は、日本の女優。
東京都出身。ジャパン・ミュージックエンターテ…

星座うお座
血液型A型
身長158cm
デビュー年2013年
デビュー作品ラスト・シンデレラ (フジテレビ) 武内咲役
趣味料理 お菓子作り 犬の散歩
(出典:Wikipedia)

❖芳根京子のエピソード

●朝ドラ「あまちゃん」の「じぇじぇじぇ~」から始まったように
思いますが、

「あさが来た」の「びっくりぽん」、とと姉ちゃんの
「どうしたもんじゃろのう」は記憶に新しいヒロインの口癖です。

次回の「べっぴんさん」の口癖は
「『なんか、なんかな』」だそうです。

この言葉は、何かを言い出す前に使う言葉で、回りの人たちが
「この子は何を言い出すのだろう?」と
思わせる言葉なんだそうです。

思ったことをなかなか口に出せない時に登場するらしいです。
芳根京子さんはこの口癖をしょっちゅう使っているとのこと。

ということは、ヒロインは思ったことをすぐには言えない性格
の女性なのでしょうか。

●芳根京子さんも、実は朝ドラに出演していたのです。
「花子とアン」で、花子(吉高由里子)の親友、蓮子(仲間由紀恵)
の娘、富士子役でした。

蓮子の娘が出ていたのは覚えていますが、芳根京子さんのことは
記憶にありません。

●オーディション合格通知が届いたのは80歳で亡くなった祖母、
和子さんの告別式当日だったそうです。

「おばあちゃんは『いつか京子も朝ドラに出れるといいね』と言って
いたので、夢をかなえてくれたのかな」と涙を流したとのこと。

●芳根京子さんは難病のギランバレー症候群を克服したり、苦労も
しているようで、人の痛みがわかるやさしい女性と思われます。

19歳の若さで、朝ドラのヒロインに選ばれるとはたいしたものです。

朝ドラのヒットが続いていますから、
「視聴率のプレッシャーはものすごくあります」と語る芳根京子
さんの気持ちは良くわかります。

頑張って欲しいですね。

◆史実のモデル・板野惇子(ばんの あつこ)

❖板野惇子(ばんの あつこ)のプロフィール

最後になってしまいましたが、坂東すみれの史実のモデル
板野惇子のプロフィールを簡単にまとめます。

板野惇子の画像(出典:ファミリア)
091001-jpg%e6%9d%bf%e9%87%8e%e6%83%87%e5%ad%90

 

 

 

 

 

1918(大正7)年4月レナウン創業者佐々木八十八の3女として、兵庫県神戸市に生まれる。
甲南女学校を経て東京女学館高等科及び伊藤茂平研究所を卒業。

1940(昭和15)年5月坂野通夫(前ファミリア会長)と結婚。
1948(昭和23)年12月女学校時代のクラスメート田村枝津子、
その義姉田村光子、近所の友人村井ミヨ子を誘い、主婦4人で神戸で
ささやかなベビーショップを開店する。

1950(昭和25)年4月株式会社ファミリアを創立代表取締役となる。

2005(平成17)年9月87歳で死去。(参考:ファミリア)

❖板野惇子のエピソード

レナウン創業者の娘として、何不自由なく育った板野惇子でした。

しかし、神戸の大空襲で自宅が全焼、終戦後出征したまま消息不明
の夫を疎開先で待つ間、別荘に残っていた物を売り食いしていた
ところ、新円切り替えの預金封鎖にあい、途方に暮れ、父に相談。

それまでのお嬢さまを捨て、自分で働いて生きる決心をしたのが
きっかけで、子供服を作ることになったのです。

自分で働くことをすすめたお父さんは、さすがレナウンの創業者です。
娘の才能を育てようとしたのでしょうか。

良心的な育児用品を、子どもと母親の立場で作りたいという強い思い
を、夫達が理解し、真摯なものづくりに励む彼女達の経営面を
サポートすることになり、

1950年、「男女の和と協力」を掲げ、株式会社ファミリアの設立
に至ったのです。

それぞれのご主人たちが協力してくれるようになったのはすばらしい
ことだと思います。

子供服研究所を設立して、赤ちゃんの肌着やおむつなども、医学的
科学的に配慮したの考案して製造し、日本のベビー子ども服業界に
大きな革命をもたらしたのでした。

◆あなたにオススメ

スポンサーリンク

コメントを残す

このページの先頭へ