朝ドラキャストあさが来た!史実の五代友厚とディーンフジオカ

朝ドラ[あさが来た]では、幼い頃のあさとぶつかったことが縁で、大阪で再会し、あさの師となった元薩摩藩士の五代友厚。

西洋の事情に明るく、グローバルな考え方の持ち主で、なにくれとなくあさを
助け、ドラマではなんとなくあさに恋心もありそうな雰囲気でしたね。

シルクハットが似合うカッコいい紳士でした。

後に「東の渋沢栄一、西の五代友厚」と称され「大阪近代経済の父」とも呼ばれた歴史上の人物です。

その五代友厚を演じたディーンフジオカ、素敵でしたねえ。

そのディーンフジオカが画面から消えて改めて五代友厚という歴史上の人物が気になり調べてみました。

歴史は最低限のことしか覚えなかった理系の私は、渋沢栄一や大久保利通は覚えていても
五代友厚は知りませんでしたので。

スポンサーリンク

◆五代友厚のプロフィール

yjimage.jpg五代友厚

 

五代友厚【ごだいともあつ】(1835-1885)

幕末・明治初期の政治家であり、実業家。

もと薩摩(さつま)鹿児島藩士で、幼名は才助。
24歳で水夫として上海に行きドイツ汽船を購入したり、薩英戦争では英艦に捕らえられたが脱走するなど波乱万丈の人生でした。

明治維新後は、外交官から実業家になり、政商として活躍。
大阪株式取引所・大阪商工会議所の創設、製鋼・貿易・銀行・鉄道会社の設立に尽力し、大阪経済の発展のために尽くしました。

「男児,財産をつくるためにこの世に生をうけたのではない」という信条のもと、私利私欲に走ることなく大阪、および日本のために人生を捧げた人でした。

わずか50年の人生だったとは思えない働きをしたのです。太く短く生きたのですね。
亡くなったあとには借金しかなかったと言われています。みごとな人生でした。

あさのモデルの広岡浅子や、五代友厚のような立派な人々のことを知ることができて良かったです。

◆ディーン・フジオカについて

朝ドラあさが来たでブレイクした俳優のディーンフジオカ、素敵でしたね。
あのやさしい笑顔とキラキラした目。五代友厚にぴったりでした。

その後、他のドラマでディーンフジオカをみても素敵じゃないです。
五代友厚のイメージが強すぎるのです。

ディーンフジオカについても調べてみました。

❖ディーン・フジオカのプロフィール

silkhat.pngシルクハット

本名:藤岡 竜雄 香港・台湾での芸名:藤岡青定
生年月日:1980年8月19日(2016年1月現在 35歳)
出生地: 福島県で生まれ 千葉県鎌ケ谷市で育つ
民族:日本人

身長:180 cm  血液型:A型

職業:モデル、俳優、映画監督 アミューズ所属
事務所:アミューズ
活動期間 2005年 –

ディーンフジオカの画像はこちら>>>

ディーンフジオカは結婚していて、 奥さんの名前は、ヴァニーナ・アマリア・ヒダヤトン さん。2歳年上 福建省系の華僑 。ニックネームは「ジャカルタの虎」というすごい名前です。そうとうの人物のようですね。

二卵性双生児の男女の1歳 のお子さんがいます。女の子はディーンに似ていて、男の子は奥さん似だそうです。

妹は、元チェキッ娘の藤岡麻美。

日本語、英語、中国語、広東語、韓国語 が話せるそうです。アメリカに留学していて、その後東南アジアで活躍していますから自然に身ついたのでしょうね。

趣味は、中国武術、キックボクシング、チェス、写真撮影、瞑想。武術の動画などもネットでみましたがどうもイメージがちがうような気がします。
 
特技はギター、ドラム、作曲、作詩、スキー、バスケボール

音楽は作詞、作曲、プロデュースまでを自らが手がけファーストアルバムを制作中とか。

一人の人間がこれだけできるなんて信じられません。

(参考資料:ウィキペディア&公式サイト)

❖私が見つけたディーン・フジオカの情報

1.ディーン・フジオカはハーフではないのでは?

色々なサイトでディーンフジオカはハーフであると書かれていますが、ハーフではないと思います。

ディーンのお父さんは中国山西省の出身と複数のサイトに書かれていますがウィキペディアには
両親祖父母とも日本人とあります。

何かのインタビューで、ディーンフジオカは日本人と言っているのを聞いた覚えがありますから。

お父さんはコンピューター技術者だったそうですから、中国へは仕事で一時的に行っていたのかも知れません。
IT技術者の私の息子も中国で日本の会社へ行っていましたから。

ディーンは福島県で生まれて、千葉県で育っていますからお父さんは日本人だと思います。

2.ディーンの出身高校は千葉県立船橋高校らしいです。 

同級生の書き込みがありました。

3.高校卒業後アメリカのシアトル大学に進学ITを専攻、

ウェブデザインを学び、ITで起業してビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズのようになりたかったとか。 

お父さんがコンピュータ技術者だったことも影響しているのでしょうね。IT技術があればどこででも生きていけますから。

ITなら日本でもいくらでも学べると思うのですが、日本を離れたかった一番の理由は「花粉症」がひどかったからなんだそうです。
当時はまだ良い薬がなくて、それはそれは苦しかったとか。私も花粉症なのでその気持ち良く分かります。笑えません。

それと、お父さんがよく海外出張して外国の映画や音楽のソフトを買ってきてくれたので、海外に興味が強くあったことも
理由の一つですって。

シアトルを選んだ理由は、大好きなバンド「ニルバーナ」などのグランジ発症のチだったからと。

4.ディーンが音楽にも造詣が深いのは、お母さんがピアノの教師で、

子供の頃から強制的にピアノをやらされていたから。
でも才能がなければ続かないですよ。 

私も子供の頃無理やりやらされましたが続かず、母があきらめてくれました。

5.大学を卒業した後、そのままアメリカで仕事をするつもりでしたが、

あの9・11事件の影響でビザが取れず、
「これからはアジアの時代だ!」と話していた大学入学当時の教授の言葉を思い出して、アジアを放浪してみようと思ったんだそうです。 

アメリカで自分がアジア人であることを再認識したようですね。

6.香港・台湾での芸名は藤岡青定でしたが、

世界を視野にいれて活動するためにグローバルに通用する名前
『ディーン・フジオカ』にしたとのこと。カッコイイ名前です。

7.奥さんのヴァニーナさんと二卵性双生児のお子さんたちは現在

インドネシア・バリ島のジャマイカに在住とのこと。
世界をまたにかけて活躍するために、家族は奥さんの実家の近くに置いておくのでしょう。

8.ディーンフジオカのタトゥー(刺青・いれずみ)が問題になってきているらしいです。

ディーンにタトゥーは似合わないと私は思うのですが、彼は好きらしく、何個も入れているようなのです。 

日本人はタトゥーが嫌いですからね。タトゥーのある人は入浴お断りなんて書かれていますし。

タトゥーのことをとやかく言われたら、世界中で活躍できるディーンは日本を去ってしまうかも知れません。そうなったら寂しいですね。

9.五代知温にスポットを当てたスピンオフが制作されるそうです。

もう一度あの五代友厚が見れるかと思うと嬉しい限りです。

以上私が最近見つけた情報でした。

それにしてもすごい人ですね。過ごすぎます。

◆あなたにオススメ

スポンサーリンク

コメントを残す

このページの先頭へ