朝ドラキャストあさが来た!はつの夫・惣兵衛のモデルは?柄本佑も

両替屋・山王寺屋の若奥様だったはつ(宮崎あおい)が、夜逃げして農家の軒先をかり、fruit_orange2.pngみかん
夫・眉山惣兵衛(まゆやま そうべい)の子供を育てながら一生懸命生きていた

はつのいじらしい姿がなつかしいです。

あの頃の惣兵衛は冷たい白蛇のような人物に描かれていましたが、実ははつにひと目ぼれ
していたそうで、みかん農家になってからは、はつを大切にして、たくましく生きてきました。

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顔色も黒くなりましたね。
それなりに幸せな人生といえるでしょう。
人生お金があればいいというものではないですから。

山王寺屋の再建を望んでいた口うるさい母・菊(萬田久子)も、「みかん畑が山王寺屋の看板だ」と言って息子たちに感謝して亡くなりました。

惣兵衛もみかん農家に満足して生きているようです。

惣兵衛の実在のモデルはどんな人だったのでしょう。

◆はつの夫眉山惣兵衛の実在のモデルは天王寺屋五兵衛

天王寺屋五兵衛と言う名前は、人の名前のようですが、実は「屋号」
で、代々の当主が名乗っていました。

ドラマでは山王寺屋になっていて、似ている名前を使うのでまぎらわしいです。
いっそ、史実と同じ名前にすればいいと思うのですが。

天王寺屋は有名な鴻池と肩を並べるような商家でした。
初代(1623年~1695年)がやり手で、寛永5年(1628年)に
「天王寺屋五兵衛店」を構え、大坂で初めて「手形」による金融を始めて成功します。

現在も使われている手形の発明者だったのです。

紛失や強奪のリスクを避けることができる「手形」というシステムが評判になり
莫大な手数料を得て財を築きました。

初代の天王寺屋五兵衛は、眉が長く垂れ下がっていたので、大眉と呼ばれ
それが本名の性になります。初代の本名は大眉光重といいます。

それがドラマでは眉山という似た名前になるのです。

名前が二つあってなんだかややこしいですね。
ドラマの眉山惣兵衛の本名は分かりませんし、子孫もわからないようです。
倒産して逃げてしまったのですから、記録には残っていないのでしょう。

幕末までは大阪の筆頭両替商として知られていた天王寺屋も、
徳川幕府が倒れ明治新政府の世の中になると、大名や幕府への貸付金の回収ができず
ついには多額の負債を抱えて倒産し、ドラマ同様逃亡生活に陥ったのです。

当時他の大手両替商もほとんどが倒産し、残ったのは、鴻池屋と浅子(ドラマのあさ)
が嫁いだ加島屋(ドラマの加野屋)だけだったそうです。

加島屋は筆頭両替商ではなかったですが、浅子のおかげで倒産を免れたようです。
たいしたものです。

幕末にこれほど両替商が苦労をしたとは知りませんでした。
歴史でも習った覚えがありません。

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◆眉山惣兵衛を演じる柄本佑(えもと たすく)について

柄本佑の画像とプロフィールは>>こちらです

配偶者:安藤サクラ(2012年 – )

著名な家族:柄本明(父)角替和枝(母)柄本時生(弟)
奥田瑛二(義父)安藤和津(義母)安藤桃子(義姉)

事務所:アルファエージェンシー
主な作品:映画 『美しい夏キリシマ』

ウィキペディアより引用

自分で笑ってしまったのですが、芸能人に弱い私は
柄本佑さんが2011年のNHK連続テレビ小説「おひさま」の
宮本タケオ役を演じた人だとばかり思っていました。

とても似ているし、そっくりの弟(柄本 時生・えもと ときお)さん
がいることを知らなかったので、役柄も全然違うので、「おひさま」の時と印象がずいぶん
違うのは役柄のせいで、「演じ分けるのがうまいなあ」と思っていたのです。

両親が名優ですから、「血は争えないなあ」としきりに感心していました。
一緒に見ている夫も知らなかったようです(笑)。

ドラマ医龍に出演していたと思ったら、それも弟の時生さんの方だったのです。

 

柄本佑さんと柄本 時生さん兄弟の実際の性格はどうなんでしょう。
ドラマでは柄本佑さんは陰気な感じで柄本時生さんは明るい感じの役でしたけど。

今度はこの兄弟のドラマを良く見てみようと思うようになりました。
楽しみです。惣兵衛のこれからも楽しみです。

柄本時生の画像とプロフィールは>>こちらです

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