直虎で今川氏真を演ずる尾上松也が素敵!氏真の本質を表現したいと

今川氏真(うじざね)というと、無能であったjob_japan_amasan-png%e5%b0%bc%e3%81%95%e3%82%93
というイメージが強いですよね。

そう思っていたので、直虎で今川氏真が出て来た
時も、初めのうちは軽んじていたのですが、

回を重ねるうちに、無能なはずの氏真が、品が
良くて優雅で、素敵なプリンスに見えてきたの
です。

氏真を演じる尾上松也を良く見ると丹精な整っ
た顔をしていて、時代劇のプリンスにピッタリ。

インタビューで、氏真の本質を表現したいと
述べた言葉に感激しました。

改めて今川氏真と尾上松也について調べることに
なりました。

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◆今川氏真の生涯は

❖家督相続

1538年(天文7年)、今川義元の嫡子として生まれた氏真は
1554年(天文23年)、北条氏康の長女・早川殿(春)と政略結婚
して甲相駿(こうそうすん)三国同盟の平和条約が成立。

甲相駿はそれぞれ甲斐・相模・駿河を指し、この時それぞれを治め
ていた武田信玄・北条氏康・今川義元の3者の合意によるものです。

その後、氏真は義元の家督を継ぎ、義元は隠居します。

1560年(永禄3年)5月19日、父・義元が桶狭間の戦いで織田信長
に討たれたため、氏真は12代目今川家の当主に。

❖相次ぐ離反

桶狭間の戦いで、義元が討死し、今川家の重臣や国人(住民のこと)
が多数討死すると、家臣の離反が相次ぎ、今川家は急速に勢力を
失います。

桶狭間の戦いでは、井伊家も多くの重臣を失いましたね。

「中でも幼い時から今川家の人質として共に過ごして来た元康
(後の徳川家康)の裏切りは相当つらかったでしょう」と
尾上松也は、氏真を思いやっています。

それで、氏真は元康に内通の疑いがあった井伊直親を誅殺した  
のですね。

裏切りに次ぐ裏切りにあって困惑する氏真は無能と評価されて
いますが、

尾上松也は、「蹴鞠(けまり)や和歌などの芸事に長けていた氏真
は、それだけ感性が豊だったから、困惑したのだと思います。

戦乱の世でなければ、氏真はなかなか良い当主になれたのでは
ないかと」と、ご自分が演じる氏真を、深く理解しようとして
いる態度に筆者は感心しました。

❖戦国大名今川氏の滅亡

1565年(永禄8年)氏真の義弟(妹の夫)・武田義信が、その父
武田信玄に謀反の疑いで幽閉され、義信が自害するという事件が
おきます。

1567年(永禄10年)11月に妹・嶺松院は今川家にかえされ婚姻
解消となり、これをきっかけに、武田家と今川家の関係が悪化
して行きます。

そこで氏真は越後国の上杉謙信と和睦し、正室・早川殿(春)の
父である相模国の北条氏康と共に、甲斐(武田)への塩止めを
行ったのですが、

武田信玄は徳川家康や織田信長と同盟を結んで対抗したためこれ
はうまく行きませんでした。

1568年(永禄11年)末、武田家と今川家の同盟は破れ、信玄は
駿河への侵攻を開始。援軍を送った北条も武田軍を撃破できず

駿府を占領された氏真は掛川城へ逃れるも、徳川軍に包囲されます。

1569年(永禄12年)ついに氏真は家臣の助命と引き換えに掛川城を
開城します。

ここで、戦国大名今川家は滅亡となります。

❖流転

掛川城の開城後、氏真は正室・早川殿の実家である北条氏康を
頼り、小田原に屋敷をもらって暮します。

1571年(元亀2年)10月に北条氏康が没すると、後を継いだ氏政
が方針を転換して武田氏と和睦したため、氏真は相模を離れて
家康に臣従し、主従関係が逆転します。

父の仇である織田信長とも和睦し、1575年(天正3年)信長の
要望により、けまりの技を披露したりしました。

尾上松也さんの趣味であるフットサルが蹴鞠(けまり)に
役に立つようです。蹴鞠にはまってしまったそうです。

 

❖後半生

家康に臣従して後は、家康や秀吉に与えられた所領からの収入で
文化的な生活をしていたようです。

旧知・姻戚の公家などの文化人と交際し、冷泉家の月例和歌会や
連歌の会などにしきりに参加したり、古典の借覧・書写などを
行っていたことが記録に残っているとのこと。

1613年(慶長18年)長年連れ添った早川殿と死別します。
   1554年(天文23年)以来じつに59年連れ添った仲の良い夫婦
   だったようです。

1615年(慶長19年)12月28日、早川殿を失って気落ちしたのでしょう。
後を追うように、氏真は死去。享年77歳でした(江戸にて)。

77歳と言えば、当時は相当の長生きです。最近、聖路加病院の名誉
院長である日野原重明先生が105歳で亡くなりましたが、
それぐらいの長生きだったのではないでしょうか。

無能といわれながらも、文化人であったことから、武力ではなく
公家との交渉調整役で重用されて、好きなことをやりながら、
これほど長生きをして、子供たちも家康の家臣になることができて、
良かったのではないでしょうか。

氏真の死後、272年に渡り、子孫は徳川の高家旗本として存続しま
した。

氏真の功績は大きかったのではないでしょうか。

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◆キャスト尾上松也(おのえ・まつや)について

❖尾上松也(2代目)のプロフィール

二代目尾上松也(1985年1月30日 -32歳 )は、歌舞伎俳優。
屋号は音羽屋、紋は抱き若松。本名は井上 龍一(いのうえ
りゅういち)。出身地は東京都中央区。
父は六代目尾上松助、母は元新派女優の河合盛恵、
祖父は新派名脇役の春本泰男、叔父は大谷桂三(初代尾上松也)、
妹は新派女優の春本由香。松竹エンタテインメント所属。
身長178cm。
(ウィキペディアより引用)

❖尾上松也の画像

筆者的にはやはり、今川氏真の画像が一番好きです。

❖尾上松也の朝ドラ大河

2代目尾上松也さんは、歌舞伎、舞台、ラジオ、映画、劇場アニメ
テレビドラマ、バラエティ・教養、ドキュメンタリー、CM と
幅広く活躍しておられ、受賞作品も多数あることを、今回初めて
知って驚きました。

そこで、一番関心のある尾上松也さんの朝ドラ大河出演作品を
調べてみました。

朝ドラには出演しておられず、大河ドラマには今回4作目の出演と
知って、またまた驚きました。

●1作目:1995年 八代将軍吉宗

徳川吉宗(大人役・西田敏行)の少年期である源六役を10歳で演じ
ました。

●2作目:2000年 葵徳川三代

片桐元包 (かたぎりもとかね)役を15歳で演じました。
片桐元包(後の孝利)は大和竜田藩の第2代藩主です。

●3作目:2009年 天地人

前田利長 (まえだ・としなが)役を24歳で演じています。
前田利長は、豊臣秀吉の家来前田利家(まえだ・としいえ)の長男
で加賀前田家2代目。

●4作目:2017年 おんな城主直虎

今川氏真役を32歳で演じています。

3作目の天地人まで、尾上松也さんに気付きませんでした。
今回の4作目で才能が花開いたのですね。

素敵な尾上松也さんの今後を見守りたいと思います。
まだまだこれからですからね。

前田敦子さんとの熱愛の行方も気になります。

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