真田丸キャスト松岡茉優!真田信繁の正室・春は真田紐の作者?

NHK大河ドラマ「真田丸」のヒロイン真田信繁(幸村)sanada_yukimura.png真田幸村
の正室・春(竹林院)について、どのような人生を
送ったのか、

またそれを演じるキャスト松岡茉優についても
どんな女優なのか調べてみました。

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◆ドラマ真田丸の信繁の正室・春(竹林院)について

❖竹林院のプロフィール

竹林院は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての女性。
真田信繁の室。大谷吉継の娘。
信繁の嫡男の大助・次男の大八・六女の阿菖蒲・七女のおかねらの母。
(ウィキペディアより)

竹林院は、大谷吉継の娘といわれていますが妹説や、養女説もあり、
母親の名前も実名も詳細は不明です。竹林院とは戒名です。

父の大谷吉継は、豊臣秀吉に重んじられ、
「100万の軍勢を与えて、自由に指揮させてみたい」と言われた智将でした。

吉継や秀吉の希望で竹林院を正室にしたことで、信繁は豊臣政権の
重要人物となり、後に関ヶ原の合戦で西軍につく運命となります。

真田信繁に嫁いだ時期もはっきりしていないのです。

1600年(慶長5年)関ヶ原の戦いで父と信繁が西軍についたため、
義父・真田昌幸の正室と共に大谷吉継のもとで保護されます。

関ヶ原の戦いのあとは信繁が蟄居(ちっきょ)させられた
紀州九度山についていき、九度山で長男と次男を産み、
さらに他の側室の子も引き取って養育します。

※竹林院は二人の息子・大助(幸昌)、大八と、三人の娘・あぐり、
御菖蒲(おしょうぶ)、おかねを産んでいるとのことですから、
他の子供たちは養子なのでしょう。

大坂の冬の陣では信繁と共に大坂城で暮らし、大坂夏の陣で信繁が
戦死したあとは家康に許されて、京都で暮らします。

1649年(慶安2年)5月18日に京都で死去。

墓所は臨済宗妙心寺塔頭大珠院に、戦死した信繁、豊臣秀頼を
守って共に自害した息子の幸昌と共に眠っています。

※さすが吉継の娘、正室として側室の子供たちの面倒もみる
しっかりした人だったことがうかがえます。

信繁との間に5人もの子供を産んでいることから、夫にも大切
にされ、家庭的には幸せな生涯だったのではないでしょうか。

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◆竹林院は真田紐(さなだひも)の考案者?

紀州の九度山に蟄居幽閉されていたときの生活が苦しかったので、

上田地方の紬(つむぎ)技術を応用した真田紐を竹林院が考案したとされ
自ら真田紐を作って、家臣たちに行商させて生計を支えたそうです。

やはりしっかりした女性だったのですねえ。

一説には、関ヶ原の戦い後に九度山に蟄居していた真田昌幸・信繁父子
が真田紐を作製し、生計を立て、

また行商人になりすました家臣がスパイ活動をしていたという俗説もあります。

色々調べると面白いですね。上田紬(つむぎ)を応用していることから、
竹林院ではなく真田昌幸・信繁父子の説も考えられますね。

竹林院は上田には行っていないと思われますから。

❖真田紐の特徴

真田紐は縦糸と横糸を機(はた)で織る、平たく狭い織物の紐で
非常に丈夫な紐です。

材質は木綿や正絹で作られ、主に茶道具の桐箱の紐、刀の提げ紐
カブトの紐、帯締め、荷物紐などに使われました。

現在でも作られています。

 

◆真田信繁の正室・春役の松岡茉優について

❖松岡茉優(まつおか まゆ)のプロフィール

 

松岡 茉優は、日本の女優、タレント。
東京都出身。 ヒラタオフィス所属。

生年月日: 1995年2月16日 (21歳)
身長: 160 cm
兄弟: 松岡日菜
(ウィキペディアより)

❖松岡 茉優の略歴

妹(松岡日菜)がスカウトされ、母親と共にその面接に同行したとき、
面接担当者に「お姉ちゃんもやってみる?」と言われて、
妹のついでにヒラタオフィスに入れてもらったんだそうです。

そんなラッキーなこともあるのですね。

2008年、おはガールとしてテレビ東京『おはスタ』に出演し、本格
デビューを果たします。

NHK朝ドラ『あまちゃん』で天野アキ(能年玲奈)が所属したアイドル
グループ・GMT47のリーダー・入間しおり役を演じて注目を集めました。

その後、ドラマ、映画、のオファーが殺到します。

『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』では、本人役で主演。

深夜ドラマ『She』で連ドラ初主演、『コウノドリ』(TBS系)ではヒロイン
を務めました。

それからは、女優だけでなく、CM、バラエティ、ラジオのパーソナリティ
と大ブレイク中。

朝ドラと大河ドラマの両方に出演している将来が楽しみな女優ですね。

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