NHK大河ドラマ真田丸あらすじ解説!第8話調略!2016年2月28日

真田昌幸役の草刈正雄がかっこいいですね。そうとうの策略家だったようです。250px-Sanada_Masayuki2.jpg真田昌幸

真田昌幸(さなだまさゆき)↑↑

息子たちもだまされてしまうのですから。それだけ戦国の世は厳しいのでしょう。

織田信長亡きあと、いよいよ北条と上杉の直接対決が迫ります。
信繁は父・昌幸の密命をうけて上杉軍に潜入、旧武田家臣の春日信達を調略(だます)しようとします。
しかし、父の昌幸には、信繁にも明かしていない策略があるようです。

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◆NHK大河ドラマ 真田丸 第8話「調略」信繁にも明かさない昌幸の策略

2016年2月28日(日)放送分のあらすじ解説

①北条氏政(高嶋政伸)と上杉景勝(遠藤憲一)。織田軍が撤退した後の信濃をめぐって、川中島を舞台とした大大名同士の直接対決が迫る。

織田信長の家臣であった滝川一益(段田安則)が北条氏に敗れて、自分の本拠地である伊勢に戻ったあと、北条軍は上野(こうずけ)を支配します。

上野は上野国(こうずけのくに)のこと。ほぼ現在の群馬県で上州とも言います。
色々な名前があって複雑ですね。

川中島は長野県長野市の犀川(さいがわ)と千曲川(ちくまがわ)にはさまれた土地です。
武田信玄と上杉謙信が5回にわたって激しく戦った、川中島の合戦で有名です。

その因縁の土地で再び戦いが始まろうとしているのです。
北条軍は、小諸城でその戦の準備をしています。

小諸城は7話でも出てきましたが、現在の長野県小諸市にあった武田信玄の城で、現在は懐古園になっています。

滝川一益が真田の人質を連れて一泊した城です。ここで祖母のとり(草笛光子)と側近の娘・きり(長澤まさみ)を助けに潜入した信繁(堺雅人)と家来の矢部三十郎(迫田孝也)も人質になってしまったことがありましたね。

②真田昌幸(草刈正雄)は上杉に臣従したように見せかけ、北条への寝返りを図る。

7話で昌幸は上杉景勝(遠藤憲一)につくと約束していましたよね。
岩櫃城(いわびつじょう)にいた信繁の兄・信幸(大泉洋)も父・昌幸が北条へついたことを知って驚きます。上杉景勝に加勢する準備をしていたのですから。

岩櫃城は現在の群馬県吾妻郡東吾妻町の岩山の上にあった城です。

③昌幸の命を受け信繁(堺雅人)は上杉軍に潜入。旧武田家臣の春日信達(前川泰之)への調略に挑む。

父・昌幸は信繁に、春日信達を調略する理由をどのように説明したのでしょうか。
昌幸は、北条につく手土産に春日信達を北条側に寝返えりさせるつもりなのです。

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④父の期待に応えようと奮闘する信繁。しかし、昌幸の策には、信繁にも明かされていない真の狙いが隠されていた…

上杉で信繁は昌幸の弟・信尹(のぶただ)(栗原英雄)と一緒に春日信達を調略します。
信尹は昌幸の真意を知っているようですが信繁にはまだ知らされていないようです。

昌幸が北条についたことが上杉に知られると、信尹と信繁は「昌幸にはあきれた、われわれは上杉につく」と言います。

しかし春日信達には、北条につけば、上杉の海津城が春日のものになると伝え、春日の調略に成功します。

海津城は現在は松代城と言われ、長野県長野市松代町にあります。
永禄3年(1560年)に武田信玄によって川中島の合戦のために築かれたのですが、武田氏の滅亡により、上杉の城になってました。そこに上杉景勝が来ていたのです。

さて昌幸の弟の信尹は、調略した春日信達を不意打ちし、その死骸に北条の起請文(北条についたら海津城をやるという内容)と刀を握らせ、濡れ衣をきせます。

残酷ですね。こんな策略を講じる昌幸に信繁は反発するようです。

いよいよ北条と上杉の戦が始まろうとすると、上杉景勝は春日をはりつけにして北条に見せつけ、佐助が漁師に化けて上杉軍の多さを吹聴したりしたので、北条は真田昌幸をしんがりにして関東に引き上げます。

しんがりとは退却するときに最後に残って敵を食い止める役目をする兵のことです。
昌幸はこれが真の狙いだったとされます。

最後に残ってそのまま居着いたのです。
上杉景勝も本拠地越後(現在の新潟県)で部下の反乱が起こったため信濃(信州)を去って越後へ行ってしまいます。

昌幸の狙い通り、信州にしばらく平和が訪れるようです。

★段落①~④のあらすじはYahooテレビ番組からの引用です。 放送が終わると1週間でリンクが切れますのでリンク非表示をご了承くださいませ。

最後までお読みいただきありがとうございました。

<<前回第7話奪回****次回第9話「駆引」>>

 

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