朝ドラあらすじ解説[あさが来た22週132話]千代と宣それぞれの道

2016年3月5日土曜日の放送分

女学校を卒業した千代と宣はそれぞれ別の道をめざして歩み始めます。wakaremichi_woman.png別れ道
宣はあさのもとで秘書見習いとして働く職業婦人の道、
千代は花嫁修行の道です。

女子大学校設立を目指すあさと成澤たちの活動も成果が徐々に軌道に乗り始め、もう一歩というところでしょうか。

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連続テレビ小説 あさが来た22週「自慢の娘」132話千代と宣がそれぞれ別の道を歩み出す

2016年3月5日(土)放送分のあらすじ解説

①あさ(波瑠)の娘、千代(小芝風花)が女学校を卒業する。

もうとっくに卒業したと思っていましたが、またまた卒業が出てきます。
卒業は節目だから仕方ないですが。

千代の恋は全然進展しないですね。がっかりしました。もう少し何かあると
思ったのに卒業するまで何の進展もないし、手紙のやりとりもないようです。

当時の良家では仕方なかったのでしょうか。つまんないです。

②千代の友人の宜(吉岡里帆)は、あさのもとで秘書見習いとして働き始めることに。

さて千代と宣が卒業した京都白川高等女学校はどうやらお嬢様学校のようです。
モデルの学校を調べてみました。

京都白川高等女学校のモデルは当時「京都府高等女学校」という名前でした。

1872年(明治5年)2月に日本初の「官立女学校(東京女学校)」が東京に設立され、
それに続いて「京都府高等女学校」が京都・旧九条殿河原町邸に設立されたのです。

千代のモデルである広岡亀子は、明治9年(1876)10月生まれですから、ちょうどこの時代
に入学できたのです。

京都府高等女学校は、華族、士族の女子を教育する場で英語や数学を教えましたが、裁縫などの
花嫁修行にも力が入れられていたそうです。

ところで、この女学校は6年制だったようですから千代と宣が女学校を卒業するのは18歳
か19歳です。

宣のモデルである井上秀は明治8年1月生まれですから、同級生ではあったのですが、亀子より一歳年上です
。女学校卒業時に19歳とすると20歳で婿取りをして子供を産んでいますから、2年足らずしかあさの
元で秘書ができなかったことになります。

しかし、長女を出産後、日本女子大学校に入学し、卒業後さらに欧米に留学して明治43年に母校の教授になり、
さらにさらに、昭和6年に日本女子大の4代目校長に就任します。

日本の家政学を確立した最初の家政学者でした。まさに教育界の広岡浅子ですね。

その「京都府高等女学校」は変遷を重ね、昭和23年、「京都府立鴨沂(おうき)高等学校」と改称され
現在は男女共学校になっています。

③花嫁修業をする千代には、気になることがあった。

もうじれったいですねえ。けっこうはっきりなんでも言う千代なのに、恋となるとからっきしダメなようです。
自分の気持ちにも気づいていないような。宣がなんとかしてあげるのでしょうか。

④女子大学校設立を目指すあさと成澤(瀬戸康史)たちの活動の成果が徐々に現れ出す。大隈綾子(松坂慶子)と喜び合うあさ。

大隈重信だけでもすごいのですが、あさと大隈婦人は、さらに大物を引っ張りだすようです。
※なんと成澤先生、あの伊藤博文に直訴して、女子大学校の設立に賛同してもらうことに成功
したのです。

⑤一方、和歌山では、はつ(宮崎あおい)に惣兵衛(柄本佑)があるものを手渡す。すると、はつは…。

さて何でしょう? 何か山王寺屋の先祖伝来の物でもあるのでしょうか。ちょっと見当がつきません。

※惣兵衛がはつに手渡したのは、次男・養之助の結婚式にはつに着て欲しいという高価な白い着物でした。山王寺屋が栄えていた頃は、贅沢な着物をたくさん着ていたはつですが、農家に
なってからは高価な着物は着られませんでしたからね。

惣兵衛と息子たちの3人でお金を出し合って買ってくれたのだそうです。それを聞いて
「なんと幸せなんだろう」という意味のことを言ったはつ。確かに、昔より幸せだろうなと思えます。人はお金があればいいというものではないことを改めて教えてくれました。

 

★段落①~⑤のあらすじはYahooテレビ番組からの引用です。 放送が終わると1週間でリンクが切れますのでリンク非表示をご了承くださいませ。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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