直虎の許嫁井伊直親(亀之丞)の悲しい生涯と演者三浦春馬のwiki

父親の井伊直満が井伊家家老の小野政直の讒言にjob_japan_amasan-png%e5%b0%bc%e3%81%95%e3%82%93
より今川に殺され、

その子・井伊直親(幼名:亀之丞)が小野政直の子
・直次(幼名:鶴丸)の讒言によって殺される
という、

父子二代に渡る悲劇に見舞われた井伊直親の短い
生涯を調べてみました。

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◆井伊直親の生涯(年代順)

・1536年(天文5年)生誕 父親は井伊直満。

?井伊家の当主井伊直盛の娘・おとわ(直虎)の許嫁になる。
 『井伊家伝記』の伝承より。

・1544年(天文13年)
 父・井伊直満が小野政直の讒言により今川義元に殺され 直親
(亀之丞)も命を狙われたので、家臣に連れられて 井伊谷を出奔。
 龍潭寺(りゅうたんじ)の南渓和尚のつてを頼り武田領であった
 信濃国伊那郡松源寺へ落ち延びる。

・1555年(弘治元年)小野直政の病死により、井伊谷へ帰る。
 直盛の養子となり直親と名乗るようになる。

?おとわとの結婚をあきらめ、井伊家の親類である奥山朝利の娘・
しのと結婚。

・1560年(永禄3年)桶狭間の戦いで、当主直盛が戦死したため
 直親が家督を継ぐ。

・1561年(永禄4年)しのとの間に嫡男・井伊虎松(直政)誕生。

・1563年(永禄5年)小野政直の息子・小野道好(政次)の讒言に
 より、主君の今川氏真から松平元康(のちの徳川家康)との内通
 の疑いを 受ける。
 そのため、弁明のためにわずかな供で駿府へ向かう道中、掛川で
 今川家の重臣 朝比奈泰朝の襲撃を受けて討ち死にする。享年27。

※苦難の逃亡生活の末、ようやく井伊に帰参してまもなく、27歳の
若さで討死にとは、本当にお気の毒な生涯だったと思います。

しかし、直親の一番の功績は、井伊虎松(後の直政)という優秀な
井伊家の跡継ぎを残したことですね。

そのおかげで、直虎や他の井伊家の人々の努力もありますが、井伊家
の繁栄の基礎が築かれたのですから。

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◆演者:三浦春馬のプロフィール

❖三浦春馬の画像

❖三浦春馬のプロフィール

生年月日:1990年4月5日(26歳)
出生地: 茨城県土浦市
身長: 178 cm
血液型:AB型
職業:俳優
ジャンル:テレビドラマ・映画・CM
活動期間:1997年 –
事務所:アミューズ(ウィキペディアより)

❖三浦春馬の来歴

4歳の頃から児童劇団のアクターズスタジオつくば校に所属し、
1997年、NHKの連続テレビ小説『あぐり』で子役としてデビュー。

2006年、『キャッチ ア ウェーブ』で映画初主演。
同年にドラマ『14才の母』でヒロインの恋人役を演じ、注目を集
めて以来、数々のテレビドラマや映画、CMに出演して、現在26歳
の若さで多くの受賞作品があります。

※私が三浦春馬を知ったのは、2005年3月 – 10月の朝ドラ
「ファイト」の 岡部聖也 役でした。

確か、カメラが好きな少年役だったと思います。あれから12年、
井伊直親を演じる三浦春馬さんは、すっかり凛々しい若者に
成長していました。

4歳で児童劇に所属したということは、ご両親の意志かと思い
ますが、大成功でしたね。

容姿と才能にめぐまれ、数え切れない程の作品に出演して、
もちろん、本人の努力もありますが、幸運を呼ぶ才能にも恵まれ
ているようです。

❖三浦春馬の受賞作品

2007年度
第31回日本アカデミー賞・新人俳優賞映画「恋空」
2009年度
第63回毎日映画コンクール スポニチグランプリ新人賞「奈緒子」
第33回エランドール賞 新人賞
2013年度
第51回ギャラクシー賞 個人賞「僕のいた時間」
2014年度
第38回日本アカデミー賞 優秀助演男優賞「永遠の0」[8]
2016年度
第24回読売演劇大賞 優秀男優賞・杉村春子賞

※井伊直親と三浦春馬さんは同じような年齢であることを思うと
井伊直親の無念さがいかばかりかと胸に迫ります。

そんな井伊直満を演じる場面が楽しみでもあります。

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